大震災から1週間
東北地方太平洋沖地震が発生してから1週間が過ぎた。

幸いにも私は関西に居たので難を逃れ、東京の実家も殆ど被害はなかったとのこと。岩手県花巻市に住む金子家の本家とも連絡がついた。

一つ気掛かりなのは、中学・高校の後輩で宮城県気仙沼市で耳鼻咽喉科の医師をしているという森田真吉君のこと。同市の市民病院に勤務しているらしく、無事ならば被災者の治療に奮闘していることだろう。
※少し前に気仙沼から山形に転勤したという情報が届き、安堵した。(3月22日)

それにしても、あの大津波。ローカル線の列車から眺めたこともある風光明媚な三陸海岸も今や瓦礫の山。ちょうど昨年の今頃、名物のアンコウ鍋を食べに家族と訪ねた北茨城の平潟港も津波の被害を受けたようだ。諸行無常とは言うものの、胸が痛む。その上、福島第一原子力発電所をはじめ、各地で予断を許さぬ状況が続いており、居ても立ってもいられない。

ただ、現時点では素人がノコノコと行っても邪魔になるだけ。自衛隊を始めとするプロに任せて、我々は後方支援に徹するべきだろう。年少の友人である本山たかはる君が、「いま、私たちにできること。」をまとめてくれている。
 http://motoyama.sejp.net/?day=20110315

  1.義捐金を送る
  2.現場を守る
  3.静かに祈る

因みに、「義捐金」の「捐」という文字は「捨てる」という意味。もともとは、「義のために捨てる金」という意味であった。常用漢字にないから「義援金」という表記になったそうだが、「義のために助ける金」という意味になってしまい、原語に含まれていた微妙なニュアンスが失われている。

畏くも天皇陛下からは優渥なる勅語を賜った。この未曾有の災害を契機に日本の新生を図ることが国民の使命である。

 [”本山たかはる”へのご支援をお願い申し上げます!]

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新年皇居一般参賀
今日も晴天。紋付き袴姿で東京駅丸の内中央口へ。維新政党・新風の鈴木信行代表ら「靖国神社清掃奉仕有志の会」の皆さんと皇居に向かう。かなりの人出だ。

宮殿向かって右側に陣取る。午前11時、天皇・皇后両陛下を始め皇族方がお出ましになる。あちらこちらで上がる万歳の声。打ち振られる小旗。

陛下より次のような御言葉を賜った。

「新しい年をともに祝うことをうれしく思います。今年がみなさん一人一人にとり、少しでもよい年となるよう願っています。年頭にあたり、世界の平安と人々の幸せを祈ります。」

「少しでもよい年」という一節の重さ。厳しい情況を見据えつつ、それでも希望を持てという大御心と拝察する。

参賀終了後、靖国神社に移動して初詣。さらに、境内の露店で昼食を兼ねて一献。

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| 雑感 | 18:22 | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark |
《創新》という奇妙な言葉

《日本創新党》という政党がある。去る7月の参院選に合わせて、元杉並区長の山田宏氏らが結成した政党だ。比例区で50万票弱を獲得したが、当選者を出すことはできなかった。

政策面はさておき、どうも「創新」という党名に違和感がある。同党の関係者は「大化改新」・「明治維新」に続く「平成創新」などと謳っていたが、詔勅や太政官布告でも使われた「改新」や「維新」に対し、「創新」は新造語に過ぎぬ。

そもそも、「創」といふ字は「刀」を表す「りっとう」と「ソウ」という音を表す「倉」とを組み合わせた形声文字で、「刃物で切れ目をつける」、つまり「傷をつける」という意味の文字だ。「銃創」などの用例を見たことがあるだろう。現代支那語においても、「創」という語は「傷」という意味で用いられている。

この「切れ目をつける」という意味から転じて「つくる」という意味になったが、もともと「新しく作る」といふニュアンスの強い文字であり、歴史的連続性とは無縁だ。

このような新語を平然と使ってしまうところに、漢学に対する素養のなさ、ひいては日本語に関する意識の低さを感じざるを得ない。彼らは「真正保守」を標榜するが、言語を守らずして何を保守するのだろうか。


JUGEMテーマ:政治思想
| 雑感 | 22:48 | comments(2) | trackbacks(0) | pookmark |
「絶叫ソング」
JUGEMテーマ:演劇・舞台

昨晩、堂島のABCホールで友人と芝居を見た。
予備校の教え子が演出助手をしてをり、見に来るよう誘われたのだ。

劇団レトルト内閣・『絶叫ソング』
http://www.retoruto.com/zekkyo/intro.html

あらすじは上のウェブサイトを見て頂きたいが、ロスジェネ世代の「ダメ人間」たちをコミカルに描き出している。「メイドの土産(=冥土の土産)」などギャクを交えたセリフ回しも軽快で、あっという間の1時間30分だった。

作中には様々な「ダメ人間」が登場する。キャラとしてはアニメオタク(たっくん)と脳内彼女(メモリちゃん)が最も目立っていたけれども、私個人は自称小説家(ダザイ君)に自分を重ね合わせてしまった。私じしんもロスジェネ世代の一人だから、底流に流れるデカダンスは皮膚感覚で分かる。

政治運動や社会運動の世界に飛び込んだ人間たちも同様のデカダンスを抱えているはずだ。けれども、彼らはデカダンスと向かい合うことなく声高に「正義」を叫んでいる。その点では、右も左も同じだろう。そんな「愛国ごっこ」や「革命ごっこ」に何の意味があるのか。そんなことも考えさせられた芝居だった。

なお、公演は明日までとのこと。当日券があるそうなので、興味を持たれた方はどうぞ。
| 雑感 | 14:25 | comments(2) | trackbacks(0) | pookmark |
我が身は如何になろうとも…
JUGEMテーマ:ひとりごと

ここ1ヶ月、様々なことが身の回りで起こり、ブログの更新が滞った。

色々と感ずるところもあったが、結局のところ自分の「業」からは逃れられぬようだ。
それを改めて確認するため、平成20年8月22日に書いたmixi日記を以下に再掲しておこう。
(なお、仮名遣いや一部の表記を改めたところがある。)

私は筋金入りの「頑固者」だ。
学問においても、私生活においても、他の公的活動においても、十分すぎるほどに検討を重ねた末に決めたスタイルを変えるなどということは全くと云ってない。
自らの信念が許さぬのだ。

そんな私を、中学生時代からの友人は「独我論者」と評した。
また、別の友人は「幸せを掴むために、もう少し妥協したら…。」と忠告してくれた。
彼らの友情に感謝しつつも、自己を枉げることはできぬ。
たとえ、それで世間並み(以上)の「成功」・「幸せ」を得たとしても、我が人生を美しく彩るとは思えぬのだ。

「恋の駆け引き」も「社交場での名刺配り」も、我が為すべきことにあらず!
「不器用」だらうが、「傲慢」だらうが、私は自ら信ずる道を歩むのみ!
共に歩んでくれる者があれば手を取り合って進みたいが、なくば独りで行こう。
泥水を啜らうとも、狂者と謗られようとも、野辺に屍を晒さうとも悔いはせぬ!

 「独り行く覚悟定めし我れゆゑに寂しさをこそ友とすべけれ」
| 雑感 | 15:26 | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark |
アキバの猝妥広瓩鯔ねる
JUGEMテーマ:鉄道

去る13日の19時過ぎ、H氏と秋葉原駅で待ち合わた。土曜日ということもあって、秋葉原の街は大勢の人で賑わっている。メイド服を着た女の子も目立つ。メイド喫茶も過当競争らしく、客引きも大変そうだ。

裏道に入って少し歩くと、目指す「Little TGV」の看板が見えた。「鉄道居酒屋」と銘打っており、以前から気になっていたのである。エレベーターで4階に上がり、店の中を覗く。店内は盛況だったが、幸いなことに席が空いており、左手奥にある鉄道模型レイアウトそばの席に招じ入れられた。壁際のロングシートにH氏が坐り、テーブルを挟んだ普通のイスに私が座る。

壁一面には行き先表示板やら機関車のプレートが掲げられ、入り口手前の大型モニターでは全面展望ビデオが放映されている。

しばらくして、ウェイトレスが注文を聞きに来た。ウェイトレスは全員、鉄道乗務員をイメージさせるコスチュームを着ている。要するに、メイド居酒屋の鉄道ヴァージョンというわけだ。路線図を模したフードメニューや、飲み物のホットを「上り」、アイスを「下り」と呼ぶところなど芸が細かい。

前日で廃止となった「北陸」・「能登」の名を付けたカクテルがあったので頼んでみる。それぞれ、車両の色をイメージしたものであった。個人的には、満鉄を代表する特急「あじあ」の食堂車で供されたという「アジアカクテル」を再現して欲しいところではあるが…。

料理の味もそこそこで、1時間半ほど飲み食いした後に撤収。

鉄道と飲食店という組み合わせは、子供が喜ぶせいか意外に多い。祐天寺の「ナイアガラ」のように、創業40年以上を数える店も存在する。最近は各地に出来つつあるようなので、機会を見つけて訪ねてみたい。
| 雑感 | 08:18 | comments(2) | trackbacks(0) | pookmark |
「食文化」というソフト・パワー
JUGEMテーマ:政治思想

クジラ、そしてマグロ…。「環境保護」という美名のもと、「あれを獲るな!これを食うな!」と欧米諸国が理不尽な要求を突き付けてくる。加えて、シーシェパードなる団体が日本の調査捕鯨船団に執拗な妨害活動を仕掛けてやまない。去る2月15日には、抗議船の船長が捕鯨船に侵入して身柄を拘束された。

「生態系の保護」などというが、その基準が極めて恣意的だ。菜食主義者を除いて、欧米人の多くは朝から牛肉やら豚肉を平気で食べているではないか。(そもそも、「ワシントン条約」などという名前からして、軍艦保有比率が対英米6割に制限された第一次世界大戦後の「ワシントン海軍軍縮条約」を連想させ、気に食わない。)

古式捕鯨発祥地としても知られている和歌山県東牟婁郡太地町では、イルカ漁も行われている。この様子を否定的に取り上げたのが本年のアカデミー賞(ドキュメンタリー部門)を受賞した『ザ・コーヴ』だ。とは云え、イルカ漁じたいはIWC(国際捕鯨委員会)においても認められている。

グローバル化が進展する中で、食文化をめぐる軋轢は今後とも繰り返されるであろう。シーシェパードなどに対して断固たる姿勢を示すことは言うまでもないが、我が国の食文化を学問的に捉え直すことも必要だ。

先日、小林路義先生(鈴鹿国際大学名誉教授)から、『食べることは人生充実の「自己実現」だ』(農林統計出版株式会社)という本を頂いた。愛媛大学農学部の細川隆雄教授がゼミ生たちと行っている捕鯨文化研究のレポートや、日本料理のグローバル化に関する小林先生の論考などが収められている。

小林先生によれば、日本料理の有する「ソフト・パワー」は極めて強力であるという。先日、アメリカの高級寿司店でクジラの握りが供されていたことが明らかになったが、本当に美味ければ欧米人といえども食べるのだ。

抗議船の船長にもクジラを食べさせ、「ソフト・パワー」を見せつけてやればよいと思うのは私だけであろうか…。

| 雑感 | 16:57 | comments(4) | trackbacks(0) | pookmark |
西田幾多郎の「国体」観
JUGEMテーマ:政治思想
個性を有(も)つと云うには、過去未来を包む絶対現在の自己限定として、動いて動かざる、何処までも自己自身を維持し、自己自身を形成する形でなければならない。これが個性と云うものである。故に民族が単なる生物的民族を越えて、一つの世界として自覚するとき、即ち歴史的形成的なる時、それが個性的である。而して民族が斯く個性的となると云ふことは、それが歴史的形成的であり、歴史的使命を担うということでなければならない。国体とはかかる国家の個性である。国家は国体を有し、国体を有するものが国家であるのである。単に特殊的な民族的生命の上に国家の名を冠すべきではない。個性的に歴史的形成的なるもののみ、世界に対して、真の国家として独立権を要求し得るのである。
JR七尾線・宇野気駅からタクシーを西側に5分ほど走らせると、丘の上に西田幾多郎記念哲学館の建物が見えてきた。設計者は安藤忠雄だという。

河北郡宇ノ気村(現・かほく市)に生まれた西田幾多郎は、『善の研究』など多くの著作を残し、日本を代表する哲学者として世界的に名の知られた人物だ。当然ながら郷土の偉人であり、駅前には銅像が建てられている(写真左)。

1時間ほどかけて展示を見て回った。難解な西田哲学を咀嚼し、何とかして観客に伝えようという意欲が窺われる。色々と興味深い展示があったけれども、個人的には西田の肉声が印象的だった。

館内の喫茶室で遅めの昼食をとった後、図書室を覗いてみる。西田に関連する文献を中心に五千冊以上の蔵書があるという。ぼんやりと書棚を眺めていると、『西田幾多郎 日本論集』という本が目に付いた。冒頭に掲げたのは、そこに収録されていた「哲学論文集第四補遺」という著述の一節である。

「哲学論文集第四補遺」とは奇妙なタイトルであるが、もともとは「国体」というタイトルで昭和19(1944)年2月に書かれたものだ。当時は偏狭な国体論が横行しており、西田に対する風当たりも強かった。そのため、目立たぬタイトルに改めたと言われている。

ここで重要なのは、「動いて動かざる、何処までも自己自身を維持し、自己自身を形成する」という部分だ。闇雲に動けば良いものでもない。また、立ち止まり続けても駄目である。静と動との狭間で自己を形成する中に、「個性」があるのだと西田は言う。また、そのような「個性」は国家にもあり、それが「国体」であると西田は言う。国家もまた静と動の狭間で「国体」を形成していくのだ。

とするならば、ある一時期における「国体」のありようを絶対視し、一切の変化を許容しないという態度は知的頽廃以外の何物でもない。それは、結果的に「国体」を死物にしてしまうのだ。
| 雑感 | 20:41 | comments(8) | trackbacks(0) | pookmark |
「はらから」とは…
JUGEMテーマ:皇室
よもの海みなはらからと思ふ世になど波風のたちさわぐらむ

昨日、明治天皇の御陵である伏見桃山陵国柱会の方々と参拝した。国柱会の創設者・田中智学は明治天皇に対して強い尊崇の念を抱いており、明治天皇の御誕生日である11月3日を祝日とするよう大規模な請願活動を主導したことで知られている。その甲斐あって、この日は昭和2年から「明治節」とされた。(敗戦後の昭和23年からは「文化の日」と称されるようになったが、残されただけでも良しとすべきであろう。)

このような先人の遺志を受け継いで、国柱会の方々は毎月第1日曜日に桃山御陵への参拝を続けてこられた。また、毎年11月3日には、他の団体と共に「桃山御陵参拝団」を結成しておられる。一昨年から東京で開催されるようになった「明治節を奉祝するつどひ」と共に、より一層の発展を望みたい。

午前10時に近鉄京都線桃山御陵前に集合。車に分乗して御陵の入り口に向かい、まづは明治天皇御陵に参拝。最敬礼から始まり、国歌斉唱に引き続いて、明治天皇の御製「末ついにならざらめやは国のため民のためにとわがおもふこと」を奉唱し、最後に再び最敬礼。

続いて、昭憲皇太后御陵にも参拝。やはり最敬礼から始まり、国歌斉唱に引き続いて、今度は昭憲皇太后の御歌「みがかずば玉の光はいでざらむ人も心もかくこそあるらし」を奉唱し、最後に再び最敬礼。

小雨の降り続く中、警備員詰所の軒先に入り。『国体文化』執筆者で、「御製拝読」というブログも運営されている竹中正安氏の臨場講話。冒頭に掲げた明治天皇の御製を取り上げた氏は、「はらから」というのは兄弟と言う意味だが、単に同時代的な横の繋がりというだけでなく、世代を超えた縦の繋がりを意味しているのではないかと指摘された。また、「はらから」どうしとして仲良くするのは当然のことだが、それは相手を怒らせないこととイコールではない。家族においても、「はらから」だからこそ時に厳しいことも言い、言われるではないかと述べられ、民主党の「友愛」政治を批判。それに関連して、外国人参政権問題についても言及された。

11時過ぎに解散となり、近くの支那料理店で竹中氏と昼食。最後は京阪伏見桃山駅まで送って頂く。

これを契機に、(毎月とは行かなくとも)出来るだけ一緒に参拝させて頂きたいと思う次第である。
| 雑感 | 16:59 | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark |
私の「宿命」
JUGEMテーマ:政治思想
三島由紀夫の「英霊の声」を始めて読んだのは中学3年生の頃だったろうか。当時は文庫本に収められておらず、学校の図書館から全集を借り出してコピーした記憶がある。

それからというもの、世情に苛立つたび読み返し、「今、四海必ずしも波穏やかならねど」から始まるくだりを朗誦したものだった。ペルシャ湾岸では石油利権を巡って戦争が行われているにもかかわらず、日本国内はバブル景気に浮かれていた時期のことである。

当時はポストモダン思想の全盛期で、浅田彰やら柄谷行人が持て囃されていた。しかし、私の興味を全く引かなかった。彼らの著作を本格的に読んだのは大学に入ってからである。また、彼らの文章か、さもなくば進歩的知識人の文章ばかり取り上げられるので、現代文という教科も嫌いだった。そんな人間が、今や予備校で現代文を教えているのだから、何とも不思議な話である。

同級生の中にはロックバンドを組む者もあったが、何が楽しいのか分からなかった。反抗的なポーズをとりながらも、どこかで現代日本と馴れ合っているように見えたのである。

まだ酒の味も知らなぬ年頃のことだ。自分を取り巻く日常、ひいては現代日本の全てが疎ましかったのである。汽車に乗れば気は晴れるのだが、そうそう出掛けられるものでもなかった。

今でも、基本的な部分は何も変わっていない。この虚偽に満ちた世界を何としても打ち破り、あるべき姿へと作り替えたい。どうやら、これが私の「宿命」らしい。
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