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常磐紀行(2)
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常磐紀行(1)から続く

いわき市勿来関文学歴史館の前でタクシーから降りる。館内では「百人一首」に関する企画展が開催されており、かの愛国百人一首など関連する様々なカルタが展示されていた。また、常設展示室では、勿来関を詠み込んだ19の歌の世界が映像などにより表現される。義家のもの以外にも名歌がある。
をしめどもとまりもあへず行く春を名こその山の関もとめなん(紀貫之)
「な来そ」という掛詞に惜春の思いが感じられる。続いて、恋の歌を二つ。
よひよひにかよふこころもかひぞなきなこその関のつらきへだては(大僧正頼意)
名こそとはたれかはいひしいはねども心にすふる関とこそみれ(和泉式部)
女のガードが堅いと嘆く男と、プライドにこだわる男を詰る女。いつの世も男女の仲は同じらしい。因みに[日野]頼意は南朝の重臣。南朝といえば、「君がため世のため何か惜しからむ捨ててかひある命なりせば」という歌で知られる宗良親王(後醍醐天皇の皇子)にも勿来関を詠み込んだ作品がある。
あづま路とききしなこその関をしも我が故郷に誰かすゑけむ
京都を足利方に奪われつつも、失地回復の戦いを続けられる皇子の御心が偲ばれる御歌だ。

文学歴史館の裏手は広場となっており、木立の合間から太平洋を望むことが出来る。広場の左手に建つ「勿来植桜記」という石碑の撰文に「田中巴之助」という文字を見つけて驚いた。田中巴之助とは、明治の中頃から昭和10年代にかけて日蓮主義を鼓吹した田中智学の本名である。

智学は、狭い意味での宗教活動だけでなく、様々な文化活動をも展開しているが、自身の遠祖でもある義家ゆかりの関跡に桜が少ないことを嘆かわしく思い、同志の協力を得て山全体に約1000本の桜を植え、大正14(1925)年4月に石碑の除幕式を実施した。
開式の宣言に次で、高知尾執事の経過報告がある、次に山川[智応]社長の式辞、次に立正歌第三章「振作更張」の吹奏、次に除幕、この時予は式衆一同を引率して碑前に進んだ、(中略)予は除幕の辞を朗読した、この朗読が終ると、蓮代[智学の三女]が碑前に進んで幕の綱を截る、幕はみごとに落下して碑の全部が心地よく現はれた、瞬間蓮代の散らした金銀紅白の天華と同時に、碑の蔭より十五羽の鳩が羽ばたき勇ましく上空に舞ひ上る、同時に烽火が山々に轟き渡るその光景、厘も隙のない調和と整斉、群衆あッと言ッて感歎の声、期せずして万歳の歓呼となり、つゞいて山岳を振揺るがす拍手はしばし鳴りもやまなかッた、その中から鼕々(とうとう)と鳴りわたる楽座の太鼓に笙の音喨々(りやうりやう)と起る、予等は徐(しづか)に席に復すると共に、つづいて陪臚の舞楽となッた、両舞手の舞振りは此日特にあざやかに、義家朝臣のむかしを偲ぶばかり、一舞一踏楽調正しく、一曲に舞ひ終る、潮の如き観衆はなだれを打ちながらも静粛の態を失はなかッた、これがすむと祝辞となり、第一に内務大臣若槻礼次郎氏の祝詞、第二に文部大臣岡田良平氏の祝詞、第三に福島県知事香坂康正氏の祝詞で、(中略)次に予の山上演説は約一時間、或は壇上に或は階段に或は平地に、縦横往来して万丈の気炎をあげた〔田中智学「勿来の旅」〕
下の写真からも窺われるように盛大な式典で、近在の町や村から数万人の観衆が詰めかけたという。



智学は、山上演説において、マルクス主義を中心とする「食物本位の思想」を捨て、義家精神に立ち返るべきだと強調する。
義家が、今申した通り朝廷の廟議が私の闘ひであると言ッて之を擯斥したにも拘らず、一言の怨みも言はずに、私財を以ッて国家に成り代ッて勲功のある将士を賞与して、縁の下の力持ちをして、一言たりとも怨みもしなければ功にも誇らなかッたといふ、これが本当の日本国民である、打算的に、権利的に、何でも権利権利と言ッて人間を権利でもッて換算しようとして考へたのは、食物本位の思想である。食物本位の思想は禽獣の思想だ、禽獣は食物を漁るより外に何も仕事がない、人間も亦食物本位であるといふ彼のマルクスの主張するやうな議論は、人を駆けッて禽獣たらしむるものである(拍手)。禽獣になッてそれで平気で居るやうな、低級な堕落した国民を何千万有して居ッても、国は既に滅びて居るのである(拍手)。宜しくこの国の使命を体し、建国の精神に則ッて、今の義家の性格を私が七つ算(かぞ)へた、「敬神」と「誠忠」と「武勇」と「仁慈」と「寛宏」と「文雅」と「機略」と、これが日本人のあらゆる階級を通じて、この七つの徳が現れて居らんければならぬ〔田中「勿来史蹟の顕彰」〕
ここではマルクス主義だけが問題とされているが、資本主義もまた「食物本位の思想」に過ぎないのだ。

「勿来植桜記」の石碑を挟むように、「田中智学の源義家顕彰碑」と記された石柱および「吹く風を〜」の歌碑が建っている。前者は智学の三男である里見岸雄により、後者は智学の娘たちによって建立されたものだ。願わくば、桜とともに彼らの思いが継承されんことを。

常磐紀行(3)に続く。
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